アイデンティティ管理の進化
SAPは、企業のデジタル変革を支えるために、アイデンティティおよび認証管理(IAM)の戦略を大きく転換しています。この戦略的取り組みの中心にあるのが「Bring Your Own Identity(BYOI)」というアプローチです。BYOIとは、企業やユーザーが自分たちの既存のIDプロバイダー(IdP)を使ってSAP製品にアクセスできるようにする考え方です。
【背景:分散化と複雑化するID管理への対応】
従来、企業はSAP環境専用にIDを個別に管理する必要があり、コストや管理負担が増大していました。また、セキュリティ基準やコンプライアンス要件に対応しながら、グローバルなID統合を図ることが課題となっていました。
SAPはこの課題に対処するために、認証の中心的役割を果たしてきた「SAP Cloud Identity Services」の強化を進めています。
【BYOI戦略のポイント】
1. 外部IDプロバイダーとの統合
SAPのBYOI戦略では、Microsoft Entra ID(旧Azure AD)などの外部IdPをネイティブに統合できるようになります。企業は既存のID基盤を使ってSAPアプリケーションへのSSO(シングルサインオン)を実現でき、IDの二重管理が不要になります。
2. セキュリティとコンプライアンスの強化
BYOIは、既存の多要素認証(MFA)や条件付きアクセスポリシーと連携しやすく、ゼロトラストセキュリティの原則にも適合します。これにより、SAP環境におけるセキュリティレベルの向上が可能です。
3. ユーザー体験の向上
ユーザーは、自分が普段使っているIDでそのままSAPソリューションにログインできるため、利便性が大きく向上します。特に、ハイブリッドワークや外部パートナーとの連携が増える中で、摩擦のないアクセス体験は重要です。
【技術基盤:SAP Cloud Identity Services】
SAP Cloud Identity Servicesは、SAP全体のIAMの中核となるプラットフォームです。このサービスが、外部IdPとの連携やフェデレーション認証、ユーザープロビジョニングなどを司ります。SAP BTP(Business Technology Platform)をはじめ、S/4HANA CloudやSAP SuccessFactorsなどとの統合も進められています。
【導入メリット】
- 運用コスト削減:ID運用の重複排除により、管理コストを削減
- 迅速な導入:既存のIdPと容易に連携できるため、新しいSAP製品へのアクセス構築が迅速に行える
- 高い柔軟性:クラウド・オンプレミス問わず多様なSAP製品に対応可能
- 拡張性:複数の認証ポリシーやユーザー属性を統合管理できるため、グローバル企業にも適合
【今後の展望】
SAPは、今後すべてのSAPクラウド製品においてこのBYOI対応を標準化していく予定です。また、SAP Build Work Zoneなどのユーザー向けポータルとも連携を強化し、ID連携によるユーザー中心の体験を推進していきます。
【まとめ】
「Bring Your Own Identity」は、SAPのアイデンティティ管理の未来を象徴する重要なステップです。企業はこれにより、セキュリティとユーザー体験を両立させながら、SAP環境の運用効率と拡張性を大きく高めることができます。